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□たぶん恋のはなし
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広がる空は、どこまでも青く澄んでいる。
婚礼衣装は一国の主に嫁ぐに相応しく豪奢で、国の一、ニを争う家名の権勢を表すに十二分であった。
この国で至高の存在である王の奥に納まるには少々『跳ねっ返り』に誰もが思ったその少女は、いまこの瞬間だけは誰にもそう思わせぬ、奇妙な迫力を持っている。
彼女をよく知る何人かはそれを当然のように思い、何人かは眩しく感じ、また何人かは万感の思いで見ていた。
儀式は粛々と段取りを踏んでいく。
花嫁に向かい待つ、王の姿を叩頭する前の僅かな瞬間に盗み見た花嫁、紅秀麗は、その誇らしげな顔に何処かむず痒いような不思議な気持ちを持て余して、そして長い長い儀式の合間に、その意識を幾日か前の晩へ飛ばしていた。
その晩は、春が来る直前の、冷たく細い雨が降っていたように秀麗は記憶している。
もう大方、身の回りの持ち物は人にあげるか処分してしまって、部屋の中はがらんとしてしまっていた。
細々とした秀麗の愛用の持ち物は、王宮では質素すぎておそらく見劣りするものばかりだ。
秀麗は別段、自分の持ち物が見劣りするからといって気にするような性分ではないが、秀麗が軽んじられることは即ち、王が軽んじられることになる。
王に嫁ぐということはそういう事で、それを全く斟酌できない人でないのが劉輝で、彼は未だに秀麗が後宮に上がることに対して申し訳なく思う気持ちがあることをありありと秀麗は感じていた。
優しいひとだ、と胸のどこかが痛む。
それならそんな優しい王に、せめてもの迷惑をかけまいとするのが秀麗で、そのために持ち物はほとんど処分してしまった。
それでも。
それでも、書棚だけは、まだ片付けられないでいた。
もう一月も前に官職を辞してしまったのに、どうしても書棚を整理する気にならない。
およそ色気も素っ気もない実務書から法律書、それに専門書まで、どう考えてもこんな書物に、宝飾よりも着物よりも魅力を感じてしまう自分はやはり後宮に向いていないように思う。
思うがこれは決定事項で、もうその魅力的な書物たちは悲しいことに、秀麗にとっての何の意味も成さぬものであった。
物憂いような気になって目線で書棚をなぞる。
静蘭が来客を告げたのは、そんな晩だった。
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