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□すみれの短歌に寄せて
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むらさきに
すみれの花はひらくなり
人を思へば春はあけぼの
(宮柊二)
早朝、劉輝は禁苑をひょこひょこと散歩していた。
供もつけずに、誰にも言わずに、薄物だけを夜着に一枚重ねて。
朝の清廉な空気はすがすがしく、少しひんやりとして起きぬけの肌に気持ちがいい。
薄着でも寒くなくなった。少しずつ空はこれから高く高くなっていくことだろう。
今日は、一日天気が崩れることもなさそうだ。
よかった。ほんとうに。
独りで散歩に出たのには、実は理由がある。
贈り物を、探すためだ。
初恋の彼女は、今日劉輝の無二の臣下に嫁ぐ。
婚礼に、何か贈り物を、と劉輝は考えたが、あの二人は高価なものや豪奢なものは喜びそうにない。
おまけに劉輝には自由に贈り物を市に選びにゆくこともできないし、さらには劉輝が持つ金は厳密には自分が稼いだ金ではない。民の税である。
私的な贈り物を税をつかって、人に選ばせるのは嫌だったので(王様業とは不自由極まりない)、劉輝は花を摘んで贈ることに決めた。
自分ちの庭に咲く花を少し摘んだからといって誰も咎める者はいまいし、二人も喜んでくれるだろう。
とは言っても、劉輝はあまり花の持つ意味などには詳しくないから、あとで珠翠にきいて、婚礼の祝いにそぐわない花などは除かないといけないのだけれど。
きっと珠翠も喜んで花束づくりを手伝ってくれるはずだ。
ぱちん、と鋏で花を切る。
そろそろ、見栄えのするものがつくれそうな量になってきた。
女官たちが心配して騒ぐと具合が悪いので、そろそろ戻るとしよう。
もときた道を引き返すのも面白みがないので、ぐるりと禁苑を迂回する。
普段通らない道なのでなんとなく物珍しく、ぼやっと大きな池を眺めながらほてほてと歩いていると、ひっそりと咲く、可憐な紫を見つけた。
その佇まいがなんとも可愛らしく、これも花束にいれようか、と鋏をあてる。
が、やっぱり、劉輝は思い直した。
たぶん、秀麗は、紅い婚礼衣装を身につけるだろう。
きっと、紫も、彼女にはよく似合ったに違いない。この可憐な小さい花みたいに、素晴らしくよく似合ったに違いない。
でも、秀麗は、紅を身に纏う。
彼女の最良の日に、こんなに切ない気持ちになるのは少し後ろ暗い気がするから、この気持ちは、花束にはしないでここに置いていく。
彼女がしあわせでありますように。
ひっそりと、咲くすみれ。
胸の中で咲きつづける可憐なむらさき。
fin!
→アトガキ
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