化学≒魔術の法則

□第三章 口は災いのもと
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「あ、あれ。佐古さんじゃないですかぁ?」
「え? 佐古?」
「お…」
「あ…本当ね」
沙里が不意に廊下の先を指さした。見てみると確かに佐古茜が寝転んでいる。
「おい、佐古っ」
まるで猫の様に身を丸めている佐古に俺は慌てて近付いた。
短めの制服のスカートが危うい感じに捲れているのに気付き、なるべく視線を反らしながら俺はその肩を揺さぶった。
「佐古、おいっ佐古!」
激しく揺さぶると、佐古は相変わらずの恍惚とした締まりのない顔で
「ふぁい…」
と呟いた。
「はわわっ佐古さん! スカートスカート!」
沙里が慌てて佐古のスカートを直した。その間も、佐古はほとんどそれらしい反応を見せない。
「はっきりと意識はあんのか?」
流が沙里の背後から顔を出した。沙里よりも頭2つ分位は背が高い。
「わかんねー。でも……お、」
「あ、佐古さん。大丈夫ですかぁ?」
俺たちが見守る中、佐古はゆっくりと辺りを見回し、そして首を傾げた。
「あれ…みんな…?」
「とりあえずは大丈夫みてぇだな…」
「???」
何が何だか解らない、といった佐古にとりあえず俺は力強く言った。
「心配すんな佐古。すぐにこの変な匂いを止めてやるからな!」
「なによ、悠樹。あんた、止め方知らない癖に」
七海がカッコつけて、と白い目で呟いたが無視する。諸悪の根源である七海の発言力は今は皆無に等しいのだ。
「あのぉ佐古さん。廊下じゃあ風邪引いちゃいますよ? せめてどこかの教室に―――?」
「待て。……何かおかしくないか?」
佐古に近づく沙里を流が止めた。そして不信気に佐古を見る。
「なによ、どうしたのよ流?」
流の態度に七海も佐古に目を向けた。もちろん、俺もだ。
「佐古……?」
虚ろに空中を見つめ、しばらく首を傾げていた佐古は不意に呟いた。
「止める……?」
「え?」
「匂いを、止める?」
キキ……と佐古の頭が動いて俺を見つめた。 まるで人形みたいな動きに気後れしながら「ああ…」と頷くと、佐古はぱちり…瞬きをし
「だめ…」
 佐古のセリフに全員が首を傾げていると、不意に佐古は両手を突き出し
 ――だんっ!
「うわぁっ?」
勢い良く俺を突き飛ばした!
「さ…佐古?」
「なっなにっ?」
さすがの七海も突然の佐古の行動に目を丸くする。沙里や流はいつの間にか佐古と一定の距離を空けている。……自分たちだけ逃げんなよっ!
ゆらり…と立つ佐古は、虚ろな表情のまま肩を震わせた。
「だめ…」
「な、」
にがだよ? と言うより先に佐古は飛び掛かってきた!
慌てて避けるが、佐古は飛ぶ途中で壁を蹴り方向転換をしてくる!
「おぅわっ!」
床に寝そべる生徒に足をとられながら避けるが、佐古はそんな事お構い無しだ。……とすれば、明らかに佐古に分がある。
「なに、佐古って運動神経良いの?」
それに加え、あまりの俊敏な動きに七海が流に尋ねる。ってかいつの間にか七海も退散済みっ? ヤバイのって俺だけかよっ!
「いや…佐古は運動オンチだったはずだぜ?」
「でもでも、今の佐古さん格闘選手みたいですよぉ?」
俺の必死の攻防を眺めながら三人は呑気に話をしている。そのうち茶でもすすりだしそうな雰囲気に俺は力一杯叫んだ。
「おまえら見てないで助けやがれぇ!」
「「いや」」
「はぁっ?」
真っ先に口を揃えたのは七海と流だった。沙里も声こそ出しはしないが同意するかの様に頷いている。
「だって佐古が狙ってるのはアンタだけみたいだし」
「下手に止めに入って辺りの生徒潰しちまったらどうすんだよ?」
「ごっごめんない! 私はっ戦いとかは…」
見るからに戦闘に不向きな沙里はともかく七海や流が手助けしないのは十中八九めんどうだからだ!
「裏切り者ーっ!」
びゅっと耳元をかする佐古のパンチに冷や汗をかく。なんなんだよ一体!
「落ち着けよっ俺たちは、この匂いを止めようとっ!」
「あっ馬鹿っ!」
叫んだ俺の後ろで七海が舌打ちしたが遅かった。
相変わらずの表情で攻撃を仕掛けてくる佐古。そして―――その周りに倒れていた奴らが不意に起き上がりやがった!
「いっ?」
 ―――なんでっ!
どいつもこいつも虚ろな表情で人形みたいな動きで迫ってくる。
「馬鹿馬鹿ぁー! どう考えてもさっきのは禁句でしょお!」
七海が顔を引きつらせながら叫んだ。流は溜め息をつきながらコメカミを押さえているし、沙里に至っては卒倒してしまいそうだった。
「んなこと言われてもよぉ!」
仮面みたいに微笑む佐古と、両手を突き出して詰め寄ってくる生徒たちに俺は心の中で絶叫した。
まさかのバイオハザードっ!
「うわあああぁっ!」
「逃げるぞっ!」
「馬鹿馬鹿っ悠樹の馬鹿ぁ!」
「うぇーんっ!」


かくして俺たちの壮大な戦いは始まった……。南無。
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