黒い本

□ありふれた日々
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「あ〜ぁ〜、勿体無い。彼等かて放っとけば立派な不死になるかもしれんのに」
屍の犬が走り去ってからすぐ、青年の側にいた細身の男が呟いた。
死霊術士風の出で立ちをしたこの男には、
こうもあっさりと犬に死体を食わせる事が不満らしい。
「不死として蘇った所で、再び欲にかられて襲いかかってくるだろう…勝機も無く。
…使えんな」
そっけなく青年が答える。
今日襲撃してきたものの殆どは単なる人間だった。統率者の甘言に惑わされアルカナを奪おうと青年達に襲いかかり…そして今に至る。

「勝てると思っとったんやろ〜。
それかアルカナなんか関係無く、こんな世界からオサラバしたかったんかもしれんで。
ほら、言うやんか?皆で逝けば怖ぁないって」
ケラケラと死霊術士のかぶっていた口付き帽子が笑い出す。
死臭の混じった風が二人の間を吹き抜けていく。「それはどこかを横断する場合だろ?」
言いながら青年は腰掛けていた死体から降り、その目を見た。
それは先程戦っていた時の欲に駆られたぎらつきも無く、悲壮感も感じさせない虚ろな目。
死体の見つめる先の、夕暮れ時の紅い空だけが映し出されていた。
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