小説 パラレル

□ハレの日 2
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小2の夏休み。
雲ひとつない澄み切った青空が広がっていた。

同級生のウソップに連れられて、俺は山の上の病院へ来ていた。
「たしぎ先生の赤ちゃん、ちっせぇサルみたいだ!」
ウソップは真ん丸い目を更に丸くして、たしぎ先生の腕に抱かれている赤ちゃんを見つめた。
たしぎ先生は俺たちの去年のクラス担任で、今年の担任のスモーカー先生のお嫁さんだ。

「うふふ。まだ産まれたてだから、おサルさんみたいよね。
 でも、よ〜く見ると目元がスモーカー先生に似てるのよ」

ほーら、と先生は赤ちゃんを俺たちに近づける。

俺は恐る恐る赤ちゃんへ歩み寄って、小さいもみじのような手を撫でてみた。
すると、

「…握った!」

俺の指先を握った小さい手は温かくて…胸の奥がきゅうっとした。

反対側でウソップも指先を赤ちゃんに握られていた。
俺もウソップもなんとなく照れてしまって。

「赤ちゃんてすごいでしょう。こんなに小さいけど、私たちに優しい気持ちを与えてくれるの」

たしぎ先生はとても幸せそうに笑った。



帰途についた俺たちは、強い日差しを避けるため背の高い木々が繁る病院の中庭を歩いていた。

「かわいかったなぁ赤ちゃん!
 見た目はサルだったけど…なんか、感動した!」

「ん!」

ウソップの言葉に俺は笑顔を返す。

ふと、視界の端にきらりと金色が光った気がした。

目を凝らすと木々の向こうに白い建物が見える。

「…あっちも病院か?」

「ああ!あの病棟は、難しい病気のひとたちが入院してるんだ。
 カヤも入ってたから、俺は何回か来たことあるぜ」

カヤはウソップの幼なじみの女の子だ。
生れつき身体が弱く小学校も休みがちだったが、元気になった今は入院はしていない。


俺は知らず走りだしていた。

さっきの金色は、きっとあいつじゃない。
だって、金髪は海外で料理の修業中なんだ。
ここにいる筈ないんだ…!

「っ!おい!どこいくんだ!」

後ろでウソップが叫んでいたが、俺は構わず走り続けた。

鮮やかな緑の葉をつけた木立を駆け抜け
白亜の建物へ入った時には、手に汗をぐっしょりかいていた。

建物の中はひっそりと静まり返っていて、誰もいない場所にひとり迷い込んでしまったかのようだ。

乱れた呼吸を整えるため深呼吸する。

…見間違い…ほっと胸を撫で下ろしたとき


「ゾロ」


懐かしい声にどくりと胸が鳴った。



「お前なんでここにいるの?迷子?」

金髪が柔らかな声色で問い掛ける。

振り返ると綺麗な蒼い瞳が俺を捉えた。

「…お、お前こそ、なん…で、ここに…?」

声が震えてうまく喋れない。

”難しい病気のひとが入院している”

ウソップの言葉が頭をよぎる。

「俺はここの患者」と事もなげに金髪は告げると、細く長い指先で俺の頭を掻き回した。

「しばらく見ないうちに、背、伸びたなぁ。」
くくっと楽しそうに俺の髪を弄ぶ男は、記憶より少し痩せていた。

「…あ…」

目の奥からじわりと滲み出るものを感じて、咄嗟に俯く。

「どうした、ゾロ」

驚いた金髪は、指先を頬に滑らし俺の顔を上げようする。

俺は、零れ落ちるしずくに気付かれたくなくて、誤魔化すように男の指先を握りこんだ。

男の指先は夏なのにとても冷えていて、せつなくなった。

なんであのとき何も言わずにいなくなったのか。
ひどい病気なのか。
問い質していいのか。
胸がいたい。
また会えた。
うれしくてたまらない。

あいたかった。


感情が渦を巻いて俺を翻弄する。

俺はまだ幼すぎてその想いがなんなのか理解できなかった。

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