小説 パラレル

□ハレの日 1
1ページ/1ページ

幼い頃に事故で両親を亡くしてから、俺は年の離れた姉ナミによって育てられた。

その姉が今日めでたく結婚する。
披露宴が和やかに進むなか、司会者から新婦側友人代表として紹介されスピーチ場に現れたのは金髪碧眼の男だった。

会場内がどよめく。
「新婦の友人代表なら普通女性に頼むもんだ」「新郎側に対して配慮がない」「常識を疑うわ」とまあ、いかにも常識的な発言がそこかしこで囁かれた。

高砂席に座る姉にも中傷は届いているはずなのに、まるで気にする様子はない。いや、気にするような姉ではないが。

新郎のルフィはというと、婚礼料理を食すのに夢中で、まわりの微妙な雰囲気にまるで気付いていない。
頬袋に料理を詰め込んで「うんめ〜!!」「もっと料理もってこ〜い!!」と嬉しそうに叫んでいる。

俺はそんな本日の主役二人の様子に、盛大なため息をついた。
だって、一応こちらが持て成す側なのにあれじゃあ態度が悪すぎる。
親戚連中にあとでチクチクいびられるのは俺なんだ。

高校の制服で列席しているので憂さ晴らしに酒を呑むこともできず、むしゃくしゃする気分を烏龍茶で紛らわす。

そんな中キーンと不快なハウリング音が会場に響き渡り
それがが収まると、金髪の甘く通るテノールがマイクから聞こえた。

「只今紹介に預かりました、新婦ナミさんの友人代表サンジです」

ざわめきが一瞬にして収束する。みな一様に興味深げな視線を金髪へ送った。

「ナミさん、ルフィ。結婚おめでとう。二人が、今日この素晴らしき日を迎えたことを心から祝福するよ」

金髪は高砂の二人へ柔らかな微笑みを送る。その笑顔は列席の女性たちの頬を桃色に染めあげた。

ナミは真っ直ぐに金髪を見つめると、ありがとうと感謝の意を込めて微笑み返した。
肉に噛り付いていたルフィも、にししと嬉しそうに笑った。

俺は、その仲睦まじい様子を末席で眺めながら…
どうか、滞り無くこの一幕が終わるようにと祈っていた。

「俺とナミさんとルフィは高校からの同級生で…」

金髪は高校でのエピソードを踏まえ、滑らかにスピーチを続けていく。



俺が小学校にあがった頃、高校3年生だったナミが金髪を家に連れて来た。
親の保険金で食いつないでいたので、節約生活に徹した姉はボーイフレンドの基準を「私たちに貢いでくれる人」としていた。

ナミは金髪を「有名レストランの息子で、料理が趣味の優しい同級生よ」と俺に紹介した。
その頃のナミは月毎に違う男を連れて来て、金の切れ目が縁の切れ目というのを地でいっていた。
金髪が料理の腕を奮っている傍らで、「これからは、食費が浮いて助かるわ〜」と姉のご満悦な様子に、
次のターゲットはこいつかと、俺は金髪に少し同情した。

食卓に並べられた料理は初めて口にする物が多かったが、どれもこれも頬っぺたが落ちそうな程、美味かった。
だから、金髪にこっそり「おまえすげぇな!魔法使いなのか?」と尋ねたら、横で聞き耳をたてていた姉に大笑いされた。
これからもずっとこの美味しい料理を食べられたらいいなぁと漠然と願った。

ナミと金髪が男女の付き合いをしていたのかは、幼い自分にはわからなかったけど、
金髪以降、家へ男の出入りは少なくなった。

時には金髪の実家のレストランで夕食をご馳走になり、恐持てで長髭のじじいが出て来てなにかと世話をしてくれた。じじぃと金髪はしばしばたわいないことで真面目に喧嘩をしていが、厳めしいじじぃは何故だか俺とナミには甘かった。

ナミは家計のため迷わず就職を選択した。
周囲は頭のデキが良い姉に、奨学金制度を活用し遠い都会の大学へ進学を奨めたが「勉強はやる気があればいつでもできる。金稼ぎは旬が大事だから」と笑って辞退した。

姉は本当に金が大好きなのだと単純に思っていた。
しかし、その選択は幼い自分の成長を近くで見守るためだったのだと、今は理解している。

ナミが就職した頃からぱたりと金髪の姿が見えなくなった。それまでは毎日のように金髪が家に来て楽しそうに料理をしていった。
姉に「金髪は?」と尋ねると、「彼は料理の修業でしばらく外国」と俺に笑った。

何も言わずにいなくなった金髪と何も言わなかった姉に少し怒りが沸いた。
でもすぐ不安になった。

「金髪、生きてる?」

俺の質問に驚いた姉は、多きな目を更に見開いた。
責める口調にならないように俺は気をつけて

「父さんと、母さんが死んだとき…ねぇちゃん、二人は仕事行ってるって…だから、帰ってこれないって…」

嘘をつかれた、とは、思っていない。それを告げた姉の声は震えていて、俺の手を包む細い指は凍りのように冷たかった。

真実はときにとても残酷な現実を突き付けるけど、知らないほうがもっと切ない。
姉は俺を守ろうと頑張るけど、俺だって姉を助けたいんだ。
小学生になったばかりだけど、出来ることなんて僅かしかないけど、俺にも分けて欲しい。

「何言われても平気だ。ちゃんと受け止めるから。」

そう伝えた俺に姉は困ったような、それでいてとても嬉しそうな笑顔をくれた。

「あんた、ちびっこのくせにえらく男前ねぇ」

からかいながら、俺を抱き寄せた姉のぬくもりが心地よくて安心した。

「大丈夫!もちろん彼は生きてるわ!!
 しばらくしたら、ひょっこり戻ってくる予定なの!」

俺の頭を撫でる指は優しい温度だった。
 

[戻る]
[TOPへ]

[しおり]






カスタマイズ