小説 海賊


□夏花火
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麦わら海賊団は夏島海域にある比較的大きくて治安の良い街へ寄港していた。ログを溜めるには3日間を要する。今回は見張りを立てずメリー号をドックへ預けることにし、クルー一行は市内観光へと洒落込んだ。

街中は大勢の人で賑わっている。どうやら、年に一度の祭りの時期らしい。

ルフィは街へ着いた途端、祭りだぁ!叫んで駆け出していった。

街の人々は民族衣装なのか見慣れぬ装いをしている。砂漠のアラバスタでは身体をすっぽりと覆う長いスカート状の衣服が多かった。この島の人々も同じようなスカート状の衣服を身に付けているが、ウエストに何やら巻いている。

ナミとロビンは人々の装いを興味深く見つめていた。

「見て!ロビン!女の子達が着ている衣装、すっごくかわいい!ウエストに巻いた布が後ろでリボンになってる!」

「ええ。柄も色もとても綺麗。髪をすっきりと結い上げている子が多いわね。男性は比較的渋い衣装が多いみたい。子供が着ている物は動き易いように簡略化されてるようね…この島で生まれた装いなのかしら。」

ナミは煌びやかな衣装に眼を奪われ、ロビンは衣装の由来に興味を持った。

美女二人の隣で脂下がった面相を晒した金髪男は、周囲に満遍なく視線を巡らしていた。

「ああっ!この土地はかわいい女の子が多いなぁ!!もちろん、ナミさんとロビンちゃんもかわいいよぅ!」

全ての女性を愛しているといってはばからない口はだらしなく緩んでいる。ぐふぐふと籠った笑い声を溢す様は、変質者さながらだ。

「サンジってほんと、女の子大好きだよね。」

前方を行くサンジの奇行をトナカイは心底感心した様子で見上げた。毎度のこととウソップは笑い飛ばす。

「チョッパー。あれは、条件反射の一種だ。

 それにしても、確かにあの衣装は独特だけどかわいいなぁ。あ…カヤに似た子がいる。…清楚な感じがいいなぁ。」

サンジ程ではないがウソップも島の若い娘を眺め目の保養をしていた。

「あれは、浴衣だろ」

最後尾から声が掛かる。

「ゾロ!あの衣装のこと知ってんのか?」

およそ衣服などに頓着しないゾロの発言に、クルー一同の視線が集まる。

「俺の故郷にもあった。祭りの日にはだいたい着てた。」

ゾロの傍を、風船を手にした子供がきゃきゃっと歓声をあげて通り過ぎてく。

「…懐かしいな」

幼い後ろ姿は遠く故郷を想わせた。翡翠の瞳が僅かに笑んで穏やかな色を帯びる。その様子に船員達は温かい眼差しを向けた。



和やかな雰囲気が漂う中、心中穏やかでない者がひとり。

魔獣とまで呼ばれた男が無防備にそんなツラ晒してんじゃねぇ!か…かっわいいじゃねぇか!!

剣士の慎ましい微笑みに、コックの胸の高鳴りは収まらない。

これはトキメキじゃなくて只の動悸だ!不整脈だ!と自分に言い訳するが、どうにも剣士から目が離せない。

“迎え火”の一件でゾロと寝床を共にしてからというもの、ふとした瞬間に見せる柔らかな表情が眩しくて堪らない。



あの朝、寝苦しさに目を覚ますと眼前に緑色が広がっていた。

夏島気候で船内は蒸し暑く、汗をひどく掻いていた。狭いソファの中で眠る二人の手は昨夜と同様しっかりと繋がれたまま。

ゾロの睫毛が緑なのを発見し、体毛全てそうなのかと思い描いたサンジは自身のあらぬ所が反応していることに気づいた。

覚えのある疼きに驚愕し息が止まった。叫び声をあげなかった自分を褒めてあげたい。

恐慌に陥ったサンジはほうほうの体でソファから抜け出し風呂へ駆け込んだ。

違ぁぁう!!これは朝の生理現象だ!!断じて毬藻に反応したわけじゃあない!!

身体に生じた熱を冷まそうとサンジは冷水のシャワーを浴びたのだった。



ぐらぐらと地面が揺れているようだ。

酔った自分は、うっかり毬藻の唇に触れたくなった…。服の下に隠されたゾロを暴いてみたいと…

それが意味することを考えサンジは思考が深く沈んでいくのを感じた。

己の嗜好を根底から覆されそうな不安。

身体が震えた。

船員達はそんなサンジに気付かず、ゾロを取り囲んで楽しそうに騒いでいた。



「おーい!みんな!こっちこーい!!」

ルフィが大声を張り上げ手を振っている。

その声は沈んでいたサンジの思考を浮かび上がらせた。
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