小説 海賊
□迎え火
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温かく湿った風が頬を通り過ぎる。
夏島海域に入って二日が過ぎ、ようやく身体が暑さに慣れてきた。
キッチンでは、賑やかに夕食を終えた仲間たちが、各々時間を過ごすしている。
サンジは食器を洗いながら、何気なく窓の外へ顔を向けた。
「なにしてるんだ…あいつ」
視線を流したさきに、宵月夜に照らされた剣士の姿が見えた。
ゾロは膝を屈めて、何やら真剣に手元を動かしている。
その足元では赤い灯りがちらちらと揺れて、薄暗い闇の中に端正な横顔を浮かび上がらせた。
サンジは、先刻彼に予備のライターを貸したことを思い出す。
決して仲のよろしくない相手に頼みごとをする剣士は、不承不承という面構えを崩さぬままそれでもライターを強請った。
使用の目的をサンジが尋ねても、眉を顰めて口を開かない。
その可愛げのない態度に苛立ちながらも、ライターを手渡すと、ゾロは口元に僅かに喜色を滲ませ礼を告げ去っていった。
常の表情が仏頂面なゾロのめったにない面持ちを見て、ライターごときがそんなに嬉しいものかと不思議に思いながらもサンジは少し気分が良かった。
これが食事前のこと。
薄闇に眼を凝らすと、ゾロが手に握った短木と思しき物へ、ライターの火を点けようとしているのが見えた。
「あいつ…甲板で焚火でもしようってのか?!」
いくらメリー号に防火用の塗装がしてあるとはいえ、オーク材で造られた船上で不用意に火を扱うなど非常識極まりない。
「…あのアホ!」
いまいましげに舌打ちをして、サンジはシンク用の洗い桶に水を溜めキッチンを後にした。
「よう!クソ剣士!夜に火遊びたぁ、てめぇ今夜はおねしょ必至だな!」
言い様、手持ちの桶の水をしゃがんでいるゾロへと向ってぶち撒けた。
「…クソコック。てめぇ…!!」
突然頭から水を被ったゾロは、怒りも露わにに振り返った。
おそらくウソップに借りたであろう薄い鉄板の上には、火を点けるはずの細く短い木が十数本無惨に濡れそぼっていた。
「これは初期消火だ。アホな剣士が火事を起こす前にな。」
口元に冷笑をたたえたサンジが皮肉気に言い放つ。
「いきなり水ぶっ掛けるこたねぇだろ!!」
人を食ったようなようサンジの態度に、ゾロは激昂して立ち上がり胸倉を掴もうとする。
伸ばした腕をするりとかわしたサンジに、苛立ちが治まらないゾロが尚も食って掛かる。
「クソコック!そこになおれ!ぶった切ってやる!!」
腰に携えた刀の柄を握りしめ声を荒げる。
憤懣やる方ないといったゾロの様子にサンジは嘲弄する。
「クソ剣士!だからてめぇは、ばかだってんだ!
俺がなんで水ぶっ掛けたかなんて、てめぇの小せぇ脳みそじゃ思いもつかねぇだろう!」
「うるせぇ!!ただの嫌がらせだろ!!
てめぇは、俺のやることなすこが全て気にくわねぇだけだろう!!」
ゾロは怒りに顔を紅潮させ怒声を上げた。
ふんっと鼻で笑ったサンジは
「てめぇが何の為に火遊びしてたかなんて、知らねぇし興味もねぇが、
ガキだって花火やるときゃ、傍らに防火用の水を用意してるぜ。
それが、火を扱う時の常識だ。
危険予測もできねぇたぁ、やっぱりマリモだからか。
まぁ、植物に人間的な思慮を求めても馬鹿馬鹿しいがな!」
「…っの!アホ眉毛!!
その厭味ったらしい笑いを引っ込めやがれ!!」
散々な言われようにゾロは刀身を抜き放つ。
振り上げた剣先が月明かりに反射する。
その煌めきに呼応するようにサンジも足を構え、迫る凶暴な刀に備えた。
互いの呼吸が合わさり、一歩踏み出した、
次の瞬間。
「このクソ暑い夜に、喧嘩なんてすんじゃないわよ!!うっとーしい!!」
ナミの重い拳が二人を見舞った。