命短し旅せよ乙女!

□第七話 月が綺麗ですね
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私はこの世界のデスクワークがとんでもなく苦手である。


もとの世界ではきちんと学校は行っていたし(まぁたまの居眠りは否めないがノートも書き漏らしたりしないし)、国語は得意分野だったので漢字には強いはずの私だけれど。

しかし、だ。

この世界には読みにくい漢字が多過ぎると思うんだ。


「えぇっと…鳥…に、符…で…、ちょうふ?とりふ?」

「ちがうよ、とりっぷ。」

「むずかしっ!!!」


先日の私のミスによる(げふんげふん)大捕物で押収された危ないお薬に関する書類作成をするのは良いんだけど、芋づる式に捕まった様々な天人達の名前やら薬の名前のなんと難しい…というか当て字も甚だしい解読不能っぷりに頭を悩ませること小一時間。

「夜露死苦とかのレベルだよコレは」

そうぼやけば山崎さんはサクサクと書類を進めながら顔も上げずに答えてくれた。

「そもそも地球にない言葉を無理矢理漢字にあてたものだしね」

慣れだよ慣れ、と笑みを含んだ柔らかい声が聞こえたが、これは慣れでなんとかなるようなものなんだろうか。

「いやでもとりっぷはきつかったですよとりっぷは」

「あはは…でも一応漢字にもちゃんと意味はあるみたいだよ?」

「うそだぁ」


真面目に食いついたら負けかなとそろそろ思いはじめたので私も顔を上げないまま作業と会話を続ける。


「不幸な人をね、鳥みたいに飛ばせるためのチケット…つまり切符なんだとさ」

クスリでトリップなんてありがちな感じの表現てことか。

「そこがますますうさんくさい」

「ねー。」

「この作者のセンスが疑われますよ」

「そのセンスの無い作者に千早ちゃんは産んでもらったんだから黙っときなって」

「…オーマイガッ…!」

冷静なツッコミにボールペンの字が震えた。
すいません字が読めない天人のナントカさん。ちょっとあなたの書類の字が汚くなりました。


「…でもね、この鳥符には覚醒剤以外にも効果が隠されてるらしくて、」

「はい?」

不意に落ち着いたトーンで話し始めたので顔を上げてみた。
意外にも山崎さんも顔を上げていた。


「本当の本当に不幸な人は、とべる、らしいよ」


「…とべる?」

「うん。あのウサギさんがそんなこと言ってた」

山崎さんのなんだか神妙な面持ちに多少興味をそそられつつも、私の至り知るような事ではないのだろうと思った。

「…ふぅん…」

というかあんにゃろうはもう喋れる程度には回復してたのか。
それを知ってほんの少しだけあった罪悪感も薄れるように感じた。


私が勝手にしんみりしていると、あっそうだ、と急にいつもの間の抜けた声(すいませんいい意味です)が響いた。

「千早ちゃんの書いてる報告書が最後のだからさ、完成したら纏めて副長んとこに……あ、でも提出する前に薬の包みの数だけはもう一度確認してね?それはそのまま上に送るから」

山崎さんは机のわきに置いてある段ボール箱を指差した。
アタッシュケースに入っていたあの薬はざっくり一箱分ほどあって、このあと長ーい廊下を歩いて土方さんの仕事部屋に運ぶと思うと多少憂鬱なものがあった。

「はいよっ」

憂鬱をふり払うようにハキハキと声に出してみた山崎さんの口癖のような返事の仕方も、すっかり移った揚げ句定着してしまった。

そうして監察見習いイコールパシリのパシリという肩書も固まってきたのね…!

と自分の真選組内ヒエラルキーの低さを心の中で嘆いていれば、報告書や書類の束を机にトントンやっていた山崎さんがこっちを見たまま固まる。
何か言ったらいかんようなことでも言っただろうか。


「っその返事、」

「え、あぁ。山崎さんの移っちゃいましたねーあはは」

「そ、う………まぁ、いいけど」

「はぁ」

自分で気にしておいて何をおっしゃるのだろうか私の上司は。
ただ、神妙というか今は珍妙な顔で書類まとめに徹する山崎さんの機嫌が悪い訳ではないのは空気で分かるので気にしない方向でいってあげようと思う。


そして言われた通りに…と、とりっぷ?を段ボールからいったん出して数えようと箱に手を突っ込んだた瞬間、どれか中で袋が破れていたのか薬の白い粉末が飛び散った。

「あ、」

さらによく見て慎重に扱うべく箱に顔を寄せていたのが祟って粉は容赦無く顔に飛んでくる。

「ぅわっぷ!」

「千早ちゃん?」

私の奇声に顔を上げた山崎さんが心配そうに声をかけてくれる。
危険な薬だしここは私が下手に触ってもいけないし説明しないと。


と思って返事をすべく空気を吸い込めば、薬が鼻から入るのは当然だった事に気付くのが遅すぎた。


「っや、まざきさ、…――ッ!?!?」

むせた瞬間に、ぐらり、と視界が歪み傾いたように感じる。

「千早ちゃん!!!!」


やだなぁ山崎さんさっきから名前呼んでばっかですよ恥ずかしいなぁ、なんてぼやこうにも唇は言う事を聞かないまま視界と意識がブラックアウトした。






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