命短し旅せよ乙女!

□第六話 自衛精神と庇護欲のススメ
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「――いち!に!いち!に!」


ここ最近、一日に一度は人間の順応性とは恐ろしいものであると思う私がいる。


「腕上がってないよ千早ちゃん!」


何故こんなにも自然に


「ほらっ脇締めて!」


私が素振りに勤しんでいるのかを誰か説明出来るやつはいるか。



「…腕がパンパンです山崎さん」

私は道着(安定のお下がり品)の袖で乱暴に汗を拭った。
私だけがだだっ広い稽古場の道場のど真ん中でひとりぽつねんと練習していたので、板張りの床に突っ伏しひんやりした木材で顔を冷やした。

この広さをいかに無駄遣いするかというささやかな反抗心からである。


「…まぁ今日はこのくらいでいいよ、お疲れ様」

「えぇおつかれましたありがとうございました」


ここひと月のちまちまとした労働というかパシ……パシリによって(認めようあぁ認めますとも)、通学とタルんだ体育の授業でしか利用されなかった身体は多少ながら動かしていたつもりではあったんだけれど、その考えはどうやら甘かったようだ。

近くのスーパーとはいえ屯所自体が広大すぎて、お隣さんまで到達するにも時間はかかるものだから一人で買い物に出される時はあれほど憂鬱だったのに。(ついでにその買い物の8割がマヨネーズだった事も大きな理由なのは別の話だ)
…なんてことはさておきである。

「しっかし竹刀って重たいですねぇ、おまけになんでステップ踏まにゃならんのですか、足まで使わにゃならんのですか。余計疲れるじゃないですかっ」

ここに居させて貰えるだけでありがたいので、普段はマヨネーズ買いに行かされようと男くさい隊士さん方が溜めた洗い物や洗濯物をさばこうとマヨネーズ買いに行かされようと不満は言わないできたがこれは花の女子高生もといJK(あれ一緒か)にさせることではない。しんどいわしんどいわしんどいわで、実に、不満なのだ。

「素振りに逐一不満なんか述べない!毎朝やってれば出来るようになるんだから頑張らないと。」

そう言う山崎さんの後ろにはミントンラケットが鎮座していて、私が大人しく素振りに勤しみだしたら自分は趣味に走る気満々なのだろう。なんて腹立たしい。
運動神経ド平均の現代っ子をなめたらいけないですよ真選組。

「何事も慣れるまではしんどいんですよぉ私素人だしー」

寝そべったままごろごろとのたうちまわってみる。
山崎さんの足元まで転がって顔を見上げれば、妙に真剣な彼の顔がこちらを見下ろしていた。

「だから慣れなきゃいけないんだってば!」

「か弱い乙女になんて仕打ちを」

「か弱いから鍛えるんだよ!」

なんでわかんないかなァ、と山崎さんは頭を掻きながら呟いた。

「と言いますと」

私が尋ねれば、ほんの少し言い淀んで口を開いた。

「…来週、君を簡単な捜査に連れていく」

「ああ、はぁ……………え?」

らいしゅうきみをかんたんなそうさにつれていく。とな。

頭の中で言葉をかみ砕いているうちに、話は勝手に進められていく。
…なめてる。なんか違う意味で私をなめてる。

「働かざる者食うべからず…ともまた違うかもしれないけどね、やっぱり体裁として君はうちの隊士って事を確実に示したいみたいだよ。……千早ちゃんのこれからの為にも、衣食住以外にきちんと自立するだけのお金をあげたいと俺達は思ってる」


確かに、他の隊士さん方は私の存在と真選組隊士全般補佐以下略な肩書きを何と無く認知しているようではあるものの、「外で攘夷浪士に絡まれると危ないから」という理由で隊服は着用を許されていない上、監察見習いっぽい仕事もしていなかった訳だから
コイツよく雑用したりパシられてるけど誰?つか何?
とか思われているのは視線で、さすがにわかる。

なのでそれは確かにありがたいし、私はこれからもといた世界に帰る手立てを探したい。
お金も、ちゃんと稼げれば、もっとあればきっと良い。
ここにいる原因が原因だけど、いつまでもここにお世話になるのも(実はもう撥ねられた事は意外と気にしてない私としては)忍びない。


――ってことを「助かる」と感じても「嬉しい」と感じないのは何故か。

ちょっと口にだしてみようかと考えたけれど、諦めたようにつらつら饒舌に話し続ける山崎さんを止める気は起きなかった。
疲れた私にはぶっちゃけそんな労力も残っていそうにない。


「――早くて半日もかからないよ。最近天人の危ないクスリに手を出したお上のお偉いさんがいてね?そいつらの取引現場を張り込んで確証を得るだけで、その場で捕まえたり戦闘はしない。…俺が、させない」


さっきの思考が霞むような妙な感情は置いといて、また文句のひとつふたつぶつけてやろうとした矢先
あんまり真剣で頼り甲斐のある顔で言うものだから、私はとりあえず首を縦に振るしかなかったのだった。


「…まァつまり、期待しないで素振りしないと自分の身が危ないって事ですかね!」

よっこらしょ、とババくさい掛け声で立ち上がり、山崎さんの表情を窺えば「せっかくカッコイイ事言ったのにこの子はもう」というセリフが(おそらく寸分違わずに)顔に書いてあった。

「ねぇなめてる?俺の事なめてるんでしょ千早ちゃん!」

苦労人で、真選組では数少ないツッコミ係の山崎さん。

「そんなまさか、信頼ゆえの軽口じゃぁないですか」

なんてからかうのが楽しい人だろう!
嘘は言ってないからいいよね!



それから数日間。
真面目に素振りと実践練習に取り組んだり
慣れて調子に乗って山崎さんのミントンに付き合ったら色々痛めてしまったり

またそれも別の話としよう





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