命短し旅せよ乙女!

□第二話 猫と箱の邂逅
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「…私はまだ、寝呆けているんだろうか」

あわよくば見えない誰かが返事をくれないかな、なんて、口に出してみた。


身に覚えのない空間。のはず。

半ば強制的な睡眠(というか只の気絶)から解放され、目を開けてみると、私はコンクリートの道路でも土の地面でもなく、柔らかな布団の上で眠っていた。

体中が軋む。起き上がろうと力を込めれば至る所に鈍痛が走ったので、やっと昨晩の災難を思い出した。
思い出したように痛みだしてしまった体のおかげで、身動きがとれない。


せめてと身じろいでみれば、余り使われていない布団なのか、押し入れ特有の埃っぽい木材の匂いが鼻を掠めた。
布団の柄も多少、古めかしい。


…ここで敢えて言うが、我が家はベッド派だ。

唯一存在する和室は普段使われないし、だいたい我が家の和室とは全く造りも違っている。

私は誘拐されたのか…それとも保護されたのだろうか。
前者なら何故、ご丁寧に布団に入れてくれる?
後者なら何故、病院に連れていってくれない?

今、深く考えたら負けのような気がしてきたので、改めて周りを見回す。

使い込まれたであろう煤けた薬品棚や、今のご時世も筆で達筆に書かれたカルテのような書類が置きっぱなしの文机。
和風な保健室、といえば想像に難くない部屋の風貌。

私をここに運び込んだ誰かは、曲がりなりにも私に医療処置を施さんと考えてはいたのだろう。

多少打ち身があるらしく、肩や脚に湿布が貼られていた事にも気付いた。


――今、ある程度まで落ち着いてみて、ここは診療所か何かではないかと仮説を立てた。

住宅地の奥で、主婦達がたよりにしちゃったりする優しいおじいちゃん先生がいて、古臭い建物もそのままだったとしたら。

…うむ。我ながら中々想像力豊かな仮説だ。
たぶん、ありえない!(第一、そんな場所を地元住民の私が知らない筈が無いんだ)


もうやだ、もう一度眠ろうかな。なんて思い始めたその時だった。


「…っあれ、起きてたんだ?」

首がうまく回らないので姿はまだ見えないけれど、
どこかで聞いたような、少し高い男の声が無音の部屋に響いた。





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