長編

□釘付けに
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チラッと腕時計を見たら試合開始予定の数分前だった。それに洋平に「すぐ帰る」って言ってたのに。




「今度なんかしてきたら回し蹴りしてやるから…!!」




そう一言だけ残してあたしは逃げるように体育館へ走った。実際逃げたんだけど…。

あたしの揺れるポニーテールを彼が楽しそうに見つめているなんて知らずに。


洋平の隣に戻ると「遅かったな」とあたしの顔を覗き込んできたのを逃げるように顔を逸らすと不審に思ったのか「どうした?」と真剣に詰め寄られてしまった。成す術もなく顔をあげられ、洋平とあたしの視線が交わる。




「なんつー顔してんだよ」


「ちょっと やなことがあっただけ」


「なにがあった?」




困ったような顔をする洋平に「なんでもない」と口を開こうとした瞬間「ちわーっす!!!」と通る声が体育館に響いた。
洋平の気がそっちに向いた隙にのん達の間に入った。

押しつけられただなんて洋平に言ったら、相手は誰だだの、ぶちのめしてやるだの、事が大きくなるのは何度も経験済みだ。




「わぁ 花道ユニフォーム着てる!!」


「おぉ 愛帰ってきたか!」


「しかも流川より前の番号なんだぜ!」


「すごいじゃん!!」




そんなことを話しているとさっき会ったばかりの忘れ去りたい存在であるツンツン頭が相手チームのユニフォームに身を包んで現れた。

嘘でしょ…。




「仙道 お前ぇは俺が倒す!!」


「…よろしく!!」




花道と固い握手をする彼の瞳は先ほどとはまた違う鋭さが感じられた。

見ず知らずの女の子を「タイプだから」という理由で自販機に押しつけるだなんて、スポーツマンにあるまじき行為だったと思うけど…。彼はれっきとしたバスケットマンのようだ。

遅れてきた晴子を見つけて駆け寄ると、晴子の友達二人が少し緊張したように背筋を伸ばした。

いつも花道達と一緒にいるから仕方ない。きっと怖いと思われてるんだろう。あたし自身もどう接していいかわからないし、丁度いいけど。




「愛ちゃん!」


「晴子っ ちょっと聞きたいんだけど」



そう口を開いた瞬間、体育館がどよめいた。
試合に目を向けるとツンツン頭のあいつにボールが渡ったどよめきだったらしい。




「あの人…誰?」


「あの人は陵南のエースの仙道さん。去年当たったときは一年だったあの人に完全にやられたってお兄ちゃんが言ってたわ。あれほどの選手は見たことがないって」


「…そう」




あの赤木さんがそこまで言うなんて、すごい選手なんだろう。ま、選手としての才能と人柄は比例しないってことね。




「ありがとう 邪魔してごめんね」


「ううん!」




相変わらず親しみやすい笑顔の晴子にあたしも笑みを返し、洋平たちの元へ戻った。




――――…



「本当綺麗よね 古田さん」


「うちのクラスの男子も騒いでたわ 桜木軍団一輪の花だってさ」


「二人とも気になるなら話しかければいいのに。愛ちゃんすっごくいい子よ?」


「うーん なんか綺麗過ぎて話しかけられないのよね」


「あんまり他人と関わるタイプでもなさそうだし」


「気になるなら話しかけなきゃもったいないわよぅ」




そんなこと言われているなんて知らないあたしは試合に釘づけになっていた。

花道はまだベンチにいるけどさっき秘密兵器がどうとか言ってたからいずれ試合には出てくるんだと思う。




「座ってなさい…!!」


「離せぇ!!俺が出る!!」




彩子ちゃんの声が聞こえて下を覗き込むと花道が彩子ちゃんと他の一年生たちに抑え込まれていた。

なにしてんの…。




「まーた駄々こねてるよ 花道が出たってどーにもならねぇに決まってんのに」


「花道の野郎負けず嫌いだからなぁ 味方がやられてちゃ黙って見てられないんだろ。喧嘩と同じように考えてんじゃねーか?」




「ちげーねぇ」と笑う四人に「喧嘩と試合は全くの別物よ!」と言うと、「わかってるよ あいつ以外はな」と頭をぽんぽんとされる。




「花道」


「ぬ!愛…!!」





嬉しそうに見上げてくる花道を睨みつけるように見下ろし、ドスの効いた声で「大人しく座ってろ」と言うと花道は大人しくベンチ座席に座りこんだ。

彩子ちゃんに「助かったわー」と礼を言われ、それに対して手を振って返し、改めてコートに視線を向けた。

これで少しは静かに試合が見れるでしょ。


流川と仙道さんを見ていると、二人の闘志があたしにも伝わってきてとても興奮してる自分がいた。
仙道さんのプレイには華がある。存在感、迫力、影響力が他の選手とはどこか違う。人の視線を引き付ける魅力。そう、人はそれを才能と呼ぶのだろう。




「フェイント…!」




小暮先輩の上からダンクを決めた仙道さんと目が合った。不思議に思って見つめていると、あたしが噛みついた部分にキスを落とし、そっと微笑んだ。




「っ…!!」


「なんかあの7番こっち見てないか?」


「気のせいじゃないか?」


「愛?」




あたしの様子がおかしいと気付いた洋平がまた覗き込んできたけど訳を話すわけにもいかず「どうしたの?」とシラを切った。それに対して洋平は少し不本意そうにも「いや?」と答え、会話を切る。

そして流川のシュートを最後に、陵南68−湘北61で前半戦が終わった。




「ついに花道出なかったな」


「出させてもらえるかー?今回なかなか厳しいんだろ?」


「あの7番とボス猿が相手じゃなあ」




ゲラゲラ笑っているうちに後半戦のホイッスルが響く。




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