長編

□乱れる心
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夢と現実の狭間




「ねえ…待って…!!」




それは記憶――。








「っ行かないで…!!」




目の前に広がる天井に向かって伸ばされた自分の手。
寝汗がじっとりとあたしの体を包んでいた。

今は何時だろう。
カーテンから陽が射していないところを見るとまだ深夜だろうか。
嫌な時間に目が覚めてしまったなぁ。

起き上がりながらいろいろ考えた。夢のことを考えたくなかったから。




「もう…やだなぁ…」




ぼそっと呟いた声が静かな部屋に響き、無性に寂しくなった。

夢はあたしの記憶。忘れたいと願えば願うほど、それはあたしから消えてはくれない。

昔は夜中でも朝方でも洋平に泣きながら電話をかけたけど、もうそれをするほど子どもではない。子どもではいられない。

それでもつい携帯を握りしめてしまうのは昔から一緒にいてくれる彼への甘えだろう。彼はいつもあたしの隣にいてくれるから。



家族はいるけど両親はあたしが中学校に上がる前に離婚、あたしは母親と一緒に暮らしている。仕事に追われながらもお母さんはあたしを大事に育ててくれている。
あたしの世話の大半は洋平に任せっぱなしだけど。


携帯を開くとディスプレイにAM 2:08と表示されていたが、もう一度寝るには意識が覚醒しすぎてしまった。

明日は花道の大切な試合だっていうのに…。



pipipipi…

いきなり鳴り出した携帯電話に驚いて思わず通話終了ボタンを押してしまった。




「あ…っ!」




慌てて履歴を確認すると「洋平」の文字。その文字が嬉しくてすぐ様通話ボタンを押し、コール音に耳を傾け洋平に繋がるのを待った。




『わりぃ 寝てたか?』


「ううん ごめんね びっくりして思わず切っちゃった」


『なんじゃそりゃ』


「どうしたの?こんな時間に…」


『いや なんか気になってさ』


「うん さすが洋平だ…」


『どーした?』




洋平の柔らかな低音を聞くとホッとして涙が出てきた。




『愛?』


「うぅ…洋平…」


『…今から行くわ』


「うん 洋平ぇ…」


『わーったから 俺が着くまで待ってろよ』


「ん… うん…!」




通話の切れた携帯を握りしめ、洋平の声を思い返す。いつも優しい、包み込んでくれるような声。

中学に上がって洋平は俗にいう不良というものになって、喧嘩も強くて、花道たちと仲良くなって、周りは近寄らなくなったけどそれでもあたしには変わらずやさしい。本当にやさしい人。




「洋平ぇ…」




あたしが泣いているといつも隣にいてくれる。いつも肩を抱いて髪を撫でてくれる。

大きな手、優しい眼差し、低い声。



ピンポーン…




「あ…っ!」




急いで玄関まで走り、鍵を開けると珍しく前髪を降ろした洋平が苦笑いで立っていた。
「誰か確認してから鍵を開けろよな」なんてあたしの頭を撫でるもんだから引っ込んだはずの涙がまた溢れてきた。




「おいおい 今日はやけに泣き虫だな」


「うぅ…だってぇ…」




ぽんぽんとあたしの頭を撫でながらあたしの部屋に移動し、温かいミルクティーの缶をあたしに手渡してくれた。




「またあの夢見たのか?」


「うん ごめん…」


「気にすんなよ なんか胸騒ぎがしてな…電話して良かった」


「…ありがとう」


「お前をひとりで泣かすよりマシさ」




そう言ってブラックコーヒーを飲む彼は大人びて見え、あたしはすごくあったかい気持ちになった。
もう一度「ありがとう」と言い、洋平の布団を用意して二人で眠くなるまで他愛のない話しをした。穏やかに笑う洋平の顔を見て、夢から覚めたときの漠然とした不安や悲しさは消え去り、あたしの心の中は安心感で満たされているのを感じ、洋平の存在の大きさを改めて感じた夜だった。




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