三番隊/弐

恋々寂々浜千鳥
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胸を抉る。
忘れようとしていた、忘れたかった、想い出が僕を優しく塗り潰す。
そこには迷いの無い筆跡で永遠を誓う愛の言葉が書いてある。
僕だけを愛すると、僕だけが全てだと。
確かな永遠がそこに記されている。
だが、そんなことは真っ赤な嘘だった。
優しい嘘。
酷い嘘。
永遠なんて脆く。
過去の話。
遠い遠い、昨日の遥か昨日。


今、僕の傍にあなた様は居ません。


出来ることならば甘い、永遠を信じていたかった。
あなた様を信じていたかった。
でも、此処にあなた様が居ないならば僕は何を信じたらいいのでしょう。
だから、その文面を見るだけで胸が苦しい。
愛する気持ちと、心の底から憎む気持ちが喉元で灼熱になって。
息が零れて一つの言葉になった。
「…嘘吐き」
そうだ。
ここに書いてあるのは全部全部、虚言。
果されない約束。
真実になれなかった事実。
意味の無い言葉たち。
けれど破ることが出来ない。
湧き起こる感情に震える手はこの薄い紙を丸めることも、引く裂くことも出来ずにいる。
今は嘘だけれど、この筆を取って下さった時には、真実、本当に思っていて下さったのだと信じていたいから。
過去に縋ることほど惨めなことはない。
それでも、現在の僕を形作る確かなことだから、見ない振りは出来ない。
無かったことになど、出来はしない。
同時に、あの方が天に消えてしまった今、僕はやはりあの方を好いていたのだと思うから。
手酷く裏切られても、あっさりと捨てられても、心が僕に無くても。
好いていたというよりは愛していた。
けれど、同時に同時に呪詛するほど憎んでいた。
「あなた様なぞ、呪われてしまえ。この世全ての悪に身を蝕まれ、泣いて、苦しみ、誰にも理解されず、消えてしまえばいいに…!」
何年経っても、消えぬ憎悪の炎。
ふとした拍子に蘇る、あなた様への暗い思い。
この身を、弄んだこと。
心を心と思わぬ非道を敷いたこと。
あなた様無しでは生きて行けぬと思わされるほど、根幹全て依存させられたことに。
閉じた瞳の奥、あの方の指が声が絡んで息が止まる。
昨夜のように想い出せる感触。
呼吸が苦しい。
足元から崩れていく、僕の現在。
闇の中で白く手招くあの方の幻影が嘲笑う。
今も、憎んでいる。
今も、愛している。
闇の中で手を取れば強烈な感情に巻き込まれて我を失いそうになる。
失った今でもこの方に囚われている己が情けない。
だから、幻影のあなた様の手を引いて、顔を近づける。
絡んだ視線の中にいくつもの過去の想い出の欠片が降る。
嬉しいこと、愉しいこと。
悲しいこと、苦しいこと。
その全て、握った拳に託して、思い切りあなた様を殴り倒した。
馬乗りになって、その頬を張る。
でもあなた様は余裕の笑みで笑うから僕はもっと凶暴になる。
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