三番隊/弐

染めて、紅花
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静かに閉められた障子の音。
続いて行燈の灯がふらりと揺れて、四方に波紋の影が広がった。
「…そのように根を詰め過ぎるのは、良くありませんよ」
隊長らしくないです、と苦笑の声が降る。
柔らかなそれは耳に心地良かった。
今すぐにでもその顔を確かめたいが、それでも振り向かずに書面に向かった。
仕上がるまで残りわずかなのである。
幸い、焦りと意地が筆の動きを留まらせることは無かった。
新たな書面に目を通しながら云う。
「だって早よ片さんと、今日が終わってまうやんか」
飛び出した言葉がイヅルを非難する色を帯びていて、自分で可笑しくなった。
こういう地道な作業は後回しにせず、常日頃から言われているように先に済ませておけばよかったのだ。
今更後悔したって仕方ないが、そう思わずにはいられなかった。
胸中で謝っておく。
背後の気配が苦笑する中に畳と袴の擦れる高い音が混じった。
おそらく正座でもしたのだろうか――何も云わず、背後で終わるのを待っていてくれているようだ。
だから安心して目の前の書類に集中することが出来た。
これで最後だが、急いては書き損じることもあるので慎重に取りかかることにした。
文面に素早く目を走らせながら決裁の判を捺していく。
署名が必要な個所には直筆で名を記す。
そんな繰り返し。
単純作業ゆえに辛かった。
こんな作業は好きでない。
けれど背に温かな眼差しが注がれているのがわかる。
それが後を押す。
そして、焦がれるような想いも感じる。
自分だってそれは同じ心地だ。
一秒でも早くイヅルを抱きしめたい。
口唇を奪いたい。
焦燥が指を急かして字が荒れるが許容範囲だろう。
読めれば問題は無いはずだ。
書き終えた後に文面を確認し判を捺して、署名――そうして全ての仕事が終了した。
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