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□不器用ディスタンス
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「ん…隊長の、匂いがする…」
深呼吸すると夜着と布団から、隊長の匂いがして何故か安心する。
匂い、と言ってもこれがどんなものとは形容できない。
市丸隊長の、としか答えられないそれはきっと、いつも彼の後ろを歩くから気付いたのだろう。
瞳を閉じても、閃く羽織が脳裏に浮かぶ。
瞼が――覚えている。
まどろみながら、白い痩身を想った。
副隊長となって隣に立つことが許された今でも、緊張で膝が震えることがある。
けれど、時々だが隊長のことが憎くて仕方無い時もある。
仕事を放棄されることが目下の悩みだ。
何せそれは巡り巡ってこうして自分の身に降りかかる災厄となる。
今日の二日連続の徹夜なんてまだ生温い方に入る方だ。
年度末は下手をすると一週間の不眠不休になることもあるのだ。
それはもう、死ぬほど辛い。
とは言え何をどうしたって自分にとって、市丸隊長は尊敬の対象であり目標。
しかし、自分が隊長に抱く気持ちは簡単に言い表せないほど複雑だ。
勿論尊敬している。
偽り無く忠誠を誓っている。
しかしそれだけではないことは確かだ。
羨望し、憧憬している。
生まれ持った才能の差や、流魂街出身と下流貴族出身、物事の考え方――自分たちを形成する何もかもが違う。
そして結局、自分では隊長には到底太刀打ち出来ないとどこか悟っている。
戦場に立ち、神鑓を手に虚を殲滅する圧倒的なあの力と垣間見る底冷えのする瞳に自分は魅了されていた。
命を救われた、学生の頃からなのかもしれない。
恩を返すというわけではないけれど、今の自分にできることは隊長の役に立つこと。
何だって良い。
本当に小さなことでいいのだ。
茶を淹れたり着物の繕いでも良い。
女房役と揶揄されても構わない。
自分はどこまでも付いていくのだ。


忠誠心だけが、僕の持つ力だから――


尻尾を振ってついていく忠実な犬のようだと自嘲した。
苦い物が胸に広がる。
けれどそれも悪くない。
色々と考えているうちにイヅルは眠りに落ちた。
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