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□不器用ディスタンス
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三番隊舎の中で一番日当たりの良い場所が所謂『隊長の昼寝部屋』だ。
近頃、ギンは色々な処に出かけた後ここで寝ていることが多い。
本来は客間なのだが、使われていないので勝手にギンが自分の部屋としていた。
布団と文机のみの部屋は無駄なものが何も無く、いっそ清々しい。
気紛れにギンが手折って来る山野の花を活ける花瓶が必要なくらいで、他には本当に何も無い。
イヅルは差し入れを机に置くと、部屋から一度出た。
まずは給湯室でお茶を淹れることにする。
例の昼寝部屋でギンが休むようになってから、給湯室には様々なものが常備されることになった。
抹茶や番茶、他にも藍染から貰った紅茶など様々なものが戸棚に仕舞ってある。
その中から自らが好む茶を取り出して多めに注いだ。
ついでに水差しに水を汲んでから給湯室を後にした。


襖を閉めて机の前に座ると眩暈のような疲れが押し寄せてくる。
デスクワークは嫌いではないが長く続けば疲労はさすがに蓄積する。
眉間に寄った皺を伸ばしながら、もう何度目かわからない深いため息を吐いた。
疲れすぎて吐き気がする。
早く寝ようと帯を解きかけたが、机の上の弁当の存在を思い出した。
折角の差し入れなので手をつけてから寝ようと思い直し、包みを手に取る。
風呂敷を解いて弁当箱を開いてみれば、中はシンプルに握り飯と香の物。
それと『吉良へ』と記された自分宛の手紙が添えてあった。
無骨だけれどどこか丁寧さも感じるその字は見慣れたものであっても、こうして改めて自分の名が記されているとどこか面映い気分になった。
「先輩…小まめだなぁ」
苦笑してその手紙を開く。
「えーっと…? 『阿散井からお前がヤバイって聞いたんで、在りあわせで飯作っといた。この返しは今度、お前の奢りで飲みで頼む。今月、金ねェからマジ頼む』…って、もう…どうしようもないなぁ、先輩」
妙にマメで面倒見が良い人なのに、自分のことになると途端に無頓着なその人柄を思って再び苦笑する。
渡された弁当の握り飯も、小食な自分のことを考慮して普通よりも小振りに作ってあるようだった。
おにぎりが三角でなく俵型にしてある。
ささやかな気遣いに思わず嬉しくなって笑みが零れた。
いただきます、と誰も居ないがそう口に出して握り飯に手をつける。
具は梅干と昆布と塩鮭。そのどれもがイヅルの好むものだ。
添えられた香の物は以前食べた時に美味しいとお裾分けしてもらったこともある、檜佐木が自ら漬けた九番隊特製の茗荷と茄子のぬか漬けだった。
正直、疲れすぎて食欲などないと思っていたが、それら全てを平らげた。
しかも弁当を食べてからでは入るはずが無いと思っていたたい焼きまで食べ終えることができた。
ふと、こんなに満たされた食事は久しぶりかも知れないと思った。
風呂敷を丁寧に畳んでごちそうさま、と手を合わせる。
程よく温くなった茶を啜っていると満腹感と共に猛烈な睡魔が襲ってきた。
時計を見れば不眠不休で2日働いた事を示している。
「もう、さすがに…限界かな…」
湯飲みを置いて目覚ましを設定しながらそんなことを呟いた。
のろのろと死覇装を脱ぎ捨て、それらを折り目正しく畳むと押入れから夜着を取り出した。
「備えあれば憂い無しと言うけれど…何だかな」
目下、ギンの私室と化したこの部屋には簡単な着替えと夜着が常備してある。
死覇装で眠るのはさすがに気が引けた。申し訳ないが、今日だけ借りてしまおう。
隊長の為に用意したそれを、部下である自分が使用するという滑稽さと恐れ多さに苦笑しながら、夜着に袖を通す。
「…隊長の寸法に合わせたから、大きいかな…うん、でも寝る分になら構わないか」
そう独り言が漏れるほど、疲れていると自覚して渋い顔。
横になると眠気が一気に押し寄せて、地面に吸い込まれるような感覚に襲われた。
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