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優しく、哀しいくちびる
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「あんたはんが、好きや」


知っていた
何もかもが、仮初
虚言なのだと
それでも私は求めた
誰でも良い、私を愛して欲しかった
冷たい世界に独りきり
己が他人と異質である強い違和感を覚えて生きていた
世界から、他人からの拒絶
みな、弱く、脆い
愚かで救えないものばかり
誰をも蔑んだ世界で、それでもその誰かに傍に居て欲しかった


「あんたはん以外なァんも要らへん」



それは魅惑の言葉
西方の楽園に住む、誘惑の蛇の笑み
口元から零れる、熟した果実の甘言


「寂しいの、知ってんで」


衝撃
欺いていたつもりが暴かれた
血の匂いのする幼い子供に
その痛快さと歓喜に膝を折る
喉を潤す、僅かな水を求める砂漠の旅人のように、その子の言葉に首を落とした
あどけない笑みに隠した刃を知りながら
それでも私は、君を、君の手を取る
ただ、寂しさがあった
けれどそれを誰も気付かなかった
看破したのは蛇の相持つ少年
その狡猾さが気に入った
己の性根を偽り、何かを護る一途な姿も
自分にはないもので、焦がれた
理解の及ばないものなど無かった私が彼に惹かれたのは当然だったかもしれない


「なァ、ずっとお傍に居ってええ?」


ああ、永遠を奏でる口唇は優しい
擦り寄る小さな身体の重みに安堵
そして、吸った口唇は熱い
触れた先から伝えたいのは陳腐な感謝
星のような君の瞳に映る私は、どんな顔をしているのか
胸を締め付ける熱い思いに、視界が滲んでわからない
けれど、君のその美しい口唇からは、私を裏切る言葉も零れるのだろう
赤く色付いたそれを指先で触れた
見つめ合う、星の瞳が鋭く光る


「いつか、あんたはんが死にたなったら、ボクが殺したるで」


いたいけな口唇から紡ぐのは残酷の言葉
私はそれに黙って頷く
きっと、君に殺されるのなら本望だ
愛おしさと憎しみは比例する
その時が来たなら君を愛しながら、憎しみながら享受しよう
腕の中で無邪気に笑う君の体温を確かめるように抱く
君を離したくない、渡したくない
寂しさを埋める諸刃の剣
いつか君が与える絶望を、歓喜と共に受け入れよう
何事かを紡ごうとする君の口唇へ、自分のそれを重ねる


優しく、哀しい君のくちびる


君の残像は、吊り上がって、笑う口元
心は硝子を重ねたように見えない
けれど君の殺意だけはくっきり見える
憎悪が燃えて青白い
その陽炎で揺らぐ君が微笑む
それでも君を、私は求めよう


最速の絶望の刃色――美しい、君を


【終焉】
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