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□不器用ディスタンス
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足音もなく、その痩身は早朝の廊下をスイスイ歩いていく。
綺麗に整えられた庭にはうっすらと霜が降り、冬の到来を知らせていた。
背を襲う寒さに背を丸めて、死覇装の袖に両手を隠して長い廊下の突き当たりの扉に手をかける。
たどり着いたのは三番隊の執務室。
そして自分の部屋であるそこに足を踏み入れた三番隊隊長・市丸ギンは見知った姿を発見する。
机に向かって黙々と書き物をしている金の髪が揺れている。
目の下に隈を作った疲労の色の隠せない三番隊副隊長・吉良イヅルの姿だ。
「イーヅールー? 起きてるー?」
「あ…隊長。おはようございます…」
「ん、おはようさん」
資料作りのために徹夜します、と告げられ部屋の鍵を渡していたのだが。
まさか本当にいるとは思わなかった。
生真面目な己の部下は本気で徹夜したのだろう。
そもそも彼が徹夜をしなくてはならないよう追い込んだのは自分の職務怠慢の所為なのだが。
そんなことは一切おくびにも出さず飄々と微笑むことにした。
「今日はボクも頑張ったろ。いっつも、イヅルに押し付けてごめんなぁ」
「…毎日そのように頑張って頂けると助かるのですが…」
「さー、何したらええの? 本気出したるからな」
ボソっと呟いた低くて暗い声を黙殺して、ギンは陽気に微笑んだ。
もう慣れた事なのでイヅルは深く突っ込まずにため息を吐くだけに留めた。
「隊長が本気を出されるのでしたら助かります…それでは、こちらをよろしくお願いします」
「ひゃあ、流石や。見やすぅ出来とる」
「お褒めに預かり光栄です…徹夜して作った甲斐があったというものです…」
そう言って微笑むイヅルの目はどこか虚ろだった。
軽く頭を振って目頭を揉む。
疲れの篭った声にはいつも以上に覇気がなかった。
「…申し訳ありませんが僕はこのまま失礼します。もしも何かありましたら、起こして下さって構いませんので…」
再びため息を吐きながら席を立つ。
首を傾げると小気味良い音がした。
「ん。おおきに。それよりもイヅル、きちんと寝ぇや。かわええお顔が台無しやで」
そう言われて複雑な気持ちでいっぱいだったが、まあ一応、褒め言葉なのだろう。
とりあえず、ありがたく受け取っておきますと答えておいた。
その答えにギンは大きく頷くと、
「だって男の副長さん中で一番イヅルが小さくてかいらしもん」
「ひ、密かに気にしていることを…っ」
「それでええんよ。ボクはごっついのんよりも、かいらしのんが好きやから」
頭をポンポンと撫でながら上機嫌。
「…とにかく、昼寝のお部屋をお借りしますね。昼には起きますので」
「ん。しっかり寝ぇや。寝る子は育つで」
飄々と笑うギンに本日何度目なのかわからないため息を吐く。
何を言ったところでこの上司には逆らえないのだと、イヅルは諦めを抱きながら執務室を後にした。
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