WONDERFUL NOVEL

□- その電話は、恋の始まり -
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携帯を無くしたと気付いたのは、家に帰ってからだった。
携帯を取り出そうと尻ポケットに手をやるが、その手には何も触れなかった。
一気にテンションが落ちる。
携帯を無くすと、いろいろ面倒なのに。

多分電車の中に置いてきたんだと思うが、そうなると余計厄介だ。
電車が、俺の携帯をどこまで運んでしまっているか検討もつかない。
こういう場合、最寄り駅に連絡すればなんとかなるんだろうか。
そう思って、インターネット用にと取り付けた電話を手にとった。
と、もしかして誰かが拾ってくれていたりするんじゃないかと思い当たって、駄目元で自分の携帯に電話をかけてみる。





      その電話は、
        恋の始まり





長いコール音が続く。
やっぱり、そううまくはいかないか。
俺の携帯は忘れ物承り所か、はたまたまだ電車旅を続けているのか―…

『………もしもし?』

諦めかけたとき、いきなりコール音が途絶え、人の声が耳に入った。

『あの、すみません。これ、僕の携帯じゃないんだけど、僕が出るしかなくて…その…』

男の、少し高めの若い声。
電話の向こうで焦っているのがわかる。
そりゃそうか。誰のものかもわからない携帯で、誰だかわからない奴と会話しているのだから。


『この携帯、拾ったんですけど…誰の携帯かわかります?』

「すんません。それ、俺の携帯なんです。」

『君の!よかった、持ち主が現れて。この携帯、駅に預ければいいかな?僕の家があるのが△△駅で、学校があるのが◇◇駅なんだけど、どっちの駅に預けると早いかな?』

「学校があるのが◇◇駅って……、もしかして××大か?」

『うん。』

俺はなんて運がいいんだろう。
まさか同じ大学の奴に携帯を拾ってもらえるなんて。
いや、携帯落としてる時点で運がいいもなにもないのかもしれないが。

「俺も××大なんだ。工学部の二年の斑目っていう。」

『ホントに?こんな偶然ってあるもんなんだね。僕も二年だよ。経済学部の綾瀬川弓親。』

同じ大学だとわかったからか、向こうもテンションが上がったようだった。
綾瀬川なんて、金持ちっぽい名前だなというのが、俺の第一印象だった。

『じゃあ、大学で渡したほうが早そうだね。明日の昼でも大丈夫かい?』

携帯がないのは不便だが、明日の昼くらいまでならなんとかなるだろうと思い、その提案を承諾した。
携帯を拾ってくれたわけだし、お礼に綾瀬川に昼飯でも奢ろうと、待ち合わせ場所は学食にした。

『じゃあ、また明日。』

そうやって電話が切れ、明日になれば無事に携帯が返ってくることに安堵しつつ、綾瀬川がどんな奴か聞き忘れたことに気付き、明日本当に会えるだろうかという不安を抱いてその日を過ごした。

待ち合わせどおり、昼休みに学食の入り口へ。
さっきから何人も通っていくが、それが綾瀬川なのか、そうでないのかわからない。
これで本当に会えるのかと思っていれば

「斑目くん、だよね?」

背後から声がして、振り返ると男にしては珍しいおかっぱ頭の、俺とは対称的にファッショナブルな奴がいた。

「お前が、綾瀬川…?」

「うん。そう。よかったよ、無事に会えて。」

その声は昨日電話越しに聞いたものと、まったく同じだった。
綾瀬川はにこりと笑って、じゃあ、ご飯食べよ。と学食にスタスタと入って行く。
携帯のお礼に奢る旨を伝えたが、それはさらりと拒否され、綾瀬川はパスタを、俺はカレーを手に席についた。

「はい、これ。」

綾瀬川から携帯を渡される。
確認すると着信が2件、メールが6通来ていたが、どれも緊急のものではないらしく安心した。

「ありがとな、助かった。」

「どういたしまして。ちょうど駅員さんに渡すかどうか迷ってるときに電話がきたから、びっくりしたよ。電話に出て正解だったね。」

綾瀬川はそう言って、またにこりと笑った。
随分よく笑う奴だと思った。
食後は適当にお互いの学部の話やサークルの話など、他愛ない話をした。
綾瀬川はサークルには入っておらず、また、聞き上手なのもあって、後半はほとんど俺の話になってしまったが。

だが、それだけ。
昼休みが終わる5分前に別れて、教室へ移動する。
戻ってきた携帯を見ながら、もう綾瀬川と話すこともないだろうと感じた。

しかし、俺の予想は外れた。

携帯を電車に忘れたことをサークルの奴らに散々イジられ、ムカついたから飲みの誘いを断って帰った。
久々に夕飯を作って食べ、なんとなくテレビを見ていると机の上の携帯電話が震えた。
ディスプレイに表示されるのは電話番号で、電話帳に登録していない奴から電話がかかってきていることがわかる。
イタズラ電話かもしれないと、少し放置してみるものの、震動が止まる気配はなく、俺は通話ボタンを押した。

『もしもし…斑目くん?綾瀬川だけど。』

何が起きているのかわからなかった。
なんで、アイツから電話がかかってきているのか。

『随分出るのが遅かったね。びっくりしたかい?そりゃそうだろうね。偶然知り合った奴から電話がかかってくるなんて考えないだろうから。』

「あぁ、まぁ…驚いてる。」

『なんとなくね、斑目君の電話番号を僕の携帯に登録しておいたんだ。実際に会ってみておもしろい人だったら、友達にならなきゃ損だし。』

「…で、俺がおもしろい奴だから電話したのか?」

『そう。』

今日の昼休みを思い返してみるが、とくにおもしろい話をした覚えはなかった。
何か聞こうとする前に綾瀬川が話し始めるため、何も聞けなかった。
今度は昼の逆。
綾瀬川が話し、俺は聞き手に回る。
内容は昼同様に他愛のないものだったが、話を聞いているうちに俺も綾瀬川をおもしろい奴だと思うようになった。
そして、いつの間にか今度の月曜二人で飲みに行くことになっていた。



そんな感じに、俺と綾瀬川はつるむようになっていた。
二人とも考え方は似ているのに、その表現方法が真逆で、綾瀬川とつるむのはおもしろく、気楽だった。
波長が合うとでも言うのだろうか。
『綾瀬川』が『弓親』に、『斑目君』が『一角』に変わるのに、さほど時間はかからなかった。
いきなり電話がかかってきて外出することになったり、寮生活だという弓親が俺のアパートに転がり込んできたり。
傍から見れば弓親が俺を振り回しているように見えるらしいが、俺にとっては苦じゃなかったし、弓親もきちんと俺の意見を尊重してくれるから、そういう誘いも喜んでのっていた。

あの日まで、俺と弓親はすごくいい友人関係だったのに―…

4限の講義が今日になって休講になり、サークルもない日だったから大人しく帰ることにした。
駅に行く途中に俺の大学の附属高校があり、どうやらそこの高校生と終了時間がかぶったらしく、道には大学生と、ブレザーを着た高校生が混じっていた。
そんな中、

(弓…親……?)

俺のよく知ったおかっぱ頭の後ろ姿があった。
ただ、ソイツはブレザーを着ていて、人違いなんじゃないかと俺は目を凝らして見た。
そうしてみても、目の前を歩く後ろ姿は弓親のにしか思えない。

尻ポケットに入れた携帯を取り出し、弓親に電話をかけてみる。
長く続くコール音。
すると、前を歩く高校生が鞄から携帯電話を取り出し、それを耳へ―…
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