【怪文書】

□四季折々の群像。
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【1】

今宵は聖夜、恋人達が甘い一時を過ごすロマンチックな記念日。
(※管理人はクサイ表現をすると喉の辺りが痒くなるので
一行くらいしか保ちません。御了承くださいませ)


「…今日こそ、決着を付ける時が来たようだな」


そんなクリスマスムード漂う中にある筈の此処・要塞百足のとある一室には、
およそクリスマスらしからぬ、
熱く不穏な空気が充満していた。

「…フッ、いいだろう。
この聖なる夜とやら、制するのはオレだ」

部屋には飛影、躯。
七夕、お盆に引き続き協力を強要された
(24時間イルミネーション責めでぐったりしている)魔界のオジギ草でできたクリスマスツリー。
そして部屋の大部分を占めんばかりの巨大なテーブルと、
そのテーブルをまた埋め尽くす夥しい数のホールケーキ達。

部屋中にまるでケーキ屋の様な甘い香が立ちこめ、
甘いものが苦手な人物ならば一撃必殺の威力を秘めた、
一種異様な雰囲気を醸し出していた。

「ルールは一つ。より多くのケーキを食ったほうの勝利だ。

古来より猛者達が【くりすます】にはこのバトルに挑み、そして散っていった。
しかし今のオレには迷いはない。
自分を信じ、全力を以てこの【くりすます】を
躯、貴様と戦いぬく!
それが貴様との絆を証明する、唯一の証だ!!」

「…いい覚悟だ飛影。
真剣勝負はそのスタイルにかかわらず良いものだ。
決する瞬間、互いの道程が花火のように咲いて散る」

フードファイトで走馬灯を垣間見るなど愚の骨頂と言うべき行為なのだが、
二人の愛の前にすべての理屈は粉砕される勢いであった。


「うおお、ついに始まるのか」

「躯さまの熱き思い、この奇淋、確かに、確かに!ハァハァ」

その様子を、影からこっそり見守る躯軍親衛隊。



果敢にも躯に

「そういうのはクリスマスの行事ではありません」

と言い掛けた奇淋は魔界の空高く躯に打ち上げられ、
半泣きで墜落の帰還をとげたものの、なぜか万更でもない様子だ。

嗅覚が敏感な【大きな鼻を持つ彼】は、部屋が放つ甘い香気に当てられて気絶している。
時雨と柘榴はただ、固唾を飲んで二人の戦いを見守っていた。


そして。
ガタリと百足が大きく揺れたのを皮きりに、
聖なる戦いの火蓋は切って落とされた。


様々なケーキに振り下ろされるフォークの雨、雨、雨。
舞い飛ぶ空のケーキ皿。
床を埋め尽くす空いた酒ビンの山。

二人はただ、言葉ではなくこの戦いそのもので語り合っていた。
ただ、ただ黙々とケーキを平らげる。
自分の限界を越え、更なる高みへ。

「凄まじい戦いだ(ゴクリ)」
「時雨殿、本気でそのような事を」
「見なされ。戦いのやり方はアレだが、躯さまのあの充実しきった顔はどうだ。
今まで我々と共にあって、あの様なお顔はついぞ見た事がありませんぞ」


「…本当に、楽しそうだな…」


哀愁漂う親衛隊。
やってることは何のことはない、フードファイトなのに。

「…!」

先に限界が訪れたのは、飛影だった。
十八個辺りを食い尽くしたところ辺りでぐるりと彼の視界が回転し、やがて地に伏せる。

「くっ…限界だ…
だが二個記録を更新…したぜ…
つぎこそは…必…ず…」

ぱたり。

一方、躯も、彼とは三口程リードするに留まった儘、ガクリと膝をつく。

「…フ…やるな…飛影…
来年は…ヤバいかも…な」

ぱたり。

こうして、有り得ないくらい腹部を膨らませた二人は、何かを成し遂げた表情でそのまま意識を失い、この勝負は躯がわずかにリードして決した。


「…あの二人なら手当ては不要ですな」
「そうだな」
「…皆、飲みましょうぞ。我々の今宵の楽しみは、酒位しか…」
「…躯さま(泣)」

涙ながらの親衛隊・自棄酒パーティーは、明け方まで続いたという。


【完】
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